さて、今回は日本国内で大好評の『52ヘルツのクジラたち』を読んだ感想をツラツラと書いてみます。
完全なるネタバレになってしまうので、本を読んだあとに他の人の考察が読みたいっていう方向けです。
『52ヘルツのクジラたち』大まかなストーリー(ネタバレ)
主人公は、三島貴瑚(きこ)。
物語は大分の田舎町に引っ越してきた場面から始まります。
東京から逃げてきたらしい貴瑚は、どうやら訳ありの様子。貴瑚が田舎町で出会う人との『現在』と、『過去』を振り返る形で、物語が進んでいきます。
『現在』の登場人物は、貴瑚に好意を寄せている『村中』。学生時代からの親友の『美晴』。突然現れる謎の美少年『52』と、その母親や、町の人々です。
『過去』には、貴瑚が東京で付き合っていた上場企業の御子息『主税』、そして『アンさん』、貴瑚の母親。
貴瑚の『過去』は、もうどんだけ?っていうくらい、不幸のオンパレード。こんな辛い体験している人、なかなかいない。最終的に、貴瑚を含む生き残った『現在』の登場人物たちは、それぞれの形でそれなりにハッピーエンドを迎えているのですが、なんだか心にわだかまりが残りました。
悪者はここぞとばかりにバッドエンドで物語として出来過ぎ〜と思ったり。主人公のために死んでしまった良い人に想いを馳せたり。
『52ヘルツのクジラたち』正直どう思った?(超ネタバレ)
本屋大賞で大ヒットしている『52ヘルツのクジラたち』ですが、正直私にはそこまで響かなかったです…。
主に浮かんだ疑問と感想は、
この本が伝えたかったことは何だろう?
読み終わってからずっと考えていました。この本が伝えたかったことは何だろう、と。
読み終えたみなさんは何だと思いますか?
『毒親からは逃げれたら自分の新しい人生を生きれる』?
『人は面倒くさいけれど、結局はひとりでは生きられない』?
『良い人か悪い人かは、関わってみないと分からないから人間関係でどんなに辛い過去を背負っても人と関わることを諦めるな』?
『どんなに辛いことが起きても、時間は傷を癒してくれる。いつか穏やかに暮らしていける』?
うーん、それにしてはあまりにも多くの人を傷つけすぎている。不幸の周りには不幸しか集まらないのは真実かもしれない。
トランスジェンダーを『可哀想な人』にしないで
トランスジェンダー(FTM)の『アンさん』、あまりにも可哀想。
これ、2020年に初版が出版されているものなので、トランスジェンダーの『アン』さんを、ひと昔前の苦労人のような書き方してほしくなかった。
そりゃあ、昔も、今も、もしかしたら未来も、LGBTQの方々は大変な人生を生きているかもしれない。だけど、金八先生に、ラストフレンズに、なぜ描かれるFTMの人たちはみんな苦しんで、自分を傷つけるように描かれてしまうのか。そうじゃない人が、今は昔とは比べ物にならないくらい増えている。
だからこそ、ありきたりではない結果をみたかったですね。
これじゃあ読み終わった後いつまでも『トランスジェンダー(GID・性同一視障害)の人は可哀想』と思われてしまう。
私も身近にFTMがいるからこそ、この書かれ方すごく悲しかったです。その子には読ませたくない。『私の置かれた境遇って、こういう運命になる人もいるんだ』と思わせたくない。
最後に
同じように、声の届かない人(52ヘルツクジラたち)のストーリーだと、『アーモンド』のほうが好きでした。1番大切な人が、寝たきりになって希望も見失うけど、死なない。最後に抱き合えるようになる。それから主人公が、どうにもならなかった部分を、周りの愛情と本人の努力で、克服していく。そんなハッピーエンドが気持ちよかった。
52ヘルツクジラたちは、根本的な部分は解決していないし、愛する人たちが死んでしまうのが悲しく、悔しかった。死んでしまったら、後悔してもそれで終わりだもの。
きっとこの本を読んだほとんどの人たちが、喧嘩はしても基本的には仲の良い家族がいて、経済的にものすごく逼迫することもなく、52ヘルツクジラたちに出てくる人たちに比べるとずっと恵まれた人生を歩んでいるんだと思います。
作者が伝えたかったことはよく分からなかったけれども、
今自分の近くにいてくれている家族に感謝し彼らの健康を心から祈り、
困っている人には迷わず手を差し伸べ、贅沢をせず足るを知る生活を質素に続けていこう、といつもながらに思ったのでした。
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